無知・無計画からはあまり多くを得ない

はじめに

はじめまして!こんにちは!
アラスカ自転車大冒険夢見る少年
“Alaskan Boy”の「ゆうや」です!
「まずはAlaskan Boyについて知ろう!」って方!
こちらをお読みください!

冒険家への決意はこちらにてお話させてもらってます!
また、なぜアラスカに行きたいのかはこちらからお願いします!

さて、皆さんはこのような言葉にどんな印象を持ちますか?

  • 「やってみなくちゃわからない!」
  • 「どうにかなるよ!」
  • 「その時かんがえればいいさ。」
  • 「とりあえずやってみる」

無鉄砲であり行き当たりバッタリであるような印象を受けるかと思います。

ちなみに僕はこれらのような考え方には半分賛成、半分反対といったところです。

僕は行動派で興味あることにはチャレンジしたい。でも実行する前に計画するし、挑戦したら何を得られるかまで見通している。

だから半分賛成、半分反対なのです。

行動することは尊い。しかし何を目的としてやるか考えるし、計画も怠らない。
行き当たりバッタリもいいけど、それは想定することができなかったトラブルのみに臨機応変に対応すればよく、基本はリスクマネジメントをしっかり行い計画通りに事を運びたい。
そもそも柔軟に計画を変更することができるのもある程度確証のあるしっかりした計画があってこそ初めて行える。
大した計画もなしに「こうなったからこうすればいいや」では落ち着いて行動なんてできないですからね。

まぁ、要するに僕は”ビビり”なのです。
新しいことに、未知な領域に足を踏み入れたいものの、事前に既知に変えられるところは極力準備したい。
丸腰なまま未開の地に足を突っ込めない。
冒険したい!
とか言いつつ「知らないものは怖い」の臆病者。
でも「知らない物を見てみたい」という矛盾。

今回のアラスカ計画にしたってそうだ。

大自然アラスカにチャレンジする。
幼少に憧れた大自然をこの体で知りに行く。
考えればワクワクするが同時に怖さもある。
そして8月9月の約40日間を使って行うアラスカ冒険。
そんな長い時間をいたずらに消費できない。
帰国後に何を学んでくるかを考えもせずに大切な時間を使えない。
お金だってそうだ。アラスカ冒険に80万円くらいかかってるよ。
無計画にそんな大金とたくさんの時間を使うくらいなら、だいすきな彼女と夏休みデートしまくる方が幸せだ。
浴衣着て夏祭りでも行ってればいいんだ。
それこそ夏休みを有意義に過ごすのならどこか興味ある企業のインターンなんかに参加する方が1,000倍はいいだろう。
だからアラスカを自転車で走る経験からはそれ相応のものを得て帰ってきたい。

そうできるかどうかも全ては”計画”にあると思っている。計画って本当に大切。

そう。こんな僕はこんなだからさ

  • 「やってみなくちゃわからない!」
  • 「どうにかなるよ!」
  • 「その時考えればいいさ。」
  • 「とりあえずやってみる。」

などの見切り発車で猪突猛進にチャレンジできる人を行動力の塊だと尊敬しつつ、一方でバカにしている。何も考えてないんだね。ってね笑笑
ある種のジェラシーのようなもの。

アラスカンボーイ

おっと、前置き長くなったね。
今日何を話すかっていうと
大抵の人は僕側の人間だと思っている。
大丈夫だっていう保証が欲しい。
でも新たなことに挑戦する上で刺激も欲しい。

僕の21年間っていう短い人生から綴れることなんて知れてるかもだけど…
まぁ、聞いてよ笑笑

題して
【行き当たりバッタリと無知・無計画を一緒にすんな。】

人によって色々な意見あると思うから是非SNSでの引用でもいいし、こちらに直接コメントでもいいし、あなたの意見もくれるとすっごくすっごく嬉しいな。

行き当たりバッタリから得られること

何か新しいことへチャレンジする上で無知・無計画な状態からの行き当たりバッタリ見切り発車のメリットはこんなところだろう。

  • 特に考えて計画しないでいきなり実行だから面倒なことなしに体験して学べる。
  • 現場での柔軟な対応力が養われる。

他にもあるのかな?
あったら教えてね。

とりあえず無計画・無知なまま突っ込んでも学びはできると思う。

例えば自分も無計画に家を飛び出し、テキトーにしまなみ海道で5日間過ごしてきたことがあるがそれはそれは楽しかった。
起こるイベント全てが刺激的で、その時出会った人々との出会いは忘れない。

しかし、それが成り立ったのも安全なしまなみ海道だったからだろう。

無知・無計画の危険性

さて、無知・無計画のまま新たなことに挑戦することで危惧されるのはリスクマネジメントの欠如だ。
何かあってから考えればいいや
では間に合わないことも時にはある。
世の中に存在する保険なんてまさに典型。
交通事故起こしてから保険に入ったって遅い。
行き当たりバッタリを楽しむにしてもそれはある程度守られた安全の中で楽しむべきだ。
リスクマネジメントをしっかり行ったうえで旅の中で遭遇する偶発的要素を楽しむ。
旅に限らずなんでもね。

スポーツだってそうだ。
例えばサッカー。
相手チームがどのような崩し方を得意とするかなど事前に知っているかどうかで対策はまるで違う。
ゲームが始まった点数を取られてから
「なるほど、次はこうしよう。」
って言ったってその一点が致命的失点になるかもしれない。

仕事でもそうだろう。
明日の会議の話題を知りもせずに参加したところで大した貢献はできないだろう。
まぁ、そんなナメた真似する社会人いないだろうけど。

リスクマネジメントの欠如。
つまり危険を知ろうとしない姿勢は本来ワクワクするはずの新しいことへの挑戦もつまらないものにしてしまう。

自転車旅においていえばパンク修理のやり方も知らない人がたちまちパンクに見舞われれば途方にくれることだろう。
そしてそれがど田舎だった場合に、トボトボと街の自転車屋さんまで歩くんだよ。

僕のアラスカ冒険でいえば
熊への対策を知らずに呑気にテントを張ろうもんなら喰われてオシマイさ。
それこそ文字通りね。
死んだら全てが終わり。

ツンドラで蚊の大群がいることを知らないままだったら、現地に着いて嫌な思いするんだよ。でも事前に知ってれば刺される覚悟ができてるし、何より刺されにくくするための対策を講じるしね。

まぁ、熊に襲われたり、蚊の大群に襲われたりするのが楽しくて仕方がないって思うんだったら対策しないのもいいだろうがそんな人まずいないだろう。

対策した中でないと安心して快適なテント泊だってできないし蚊から被害甚大に刺されまくったってそう。
楽しいアラスカ冒険とはおさらばだ。
勿論、冒険と名乗る以上、快適に旅行しに行くわけではないが、それとこれとは別だ。

“Try and Error”とか言って美化すんな。

何にも準備せずにトラブル起こしまくりで勉強してきたー!って違うと思うんですよね。
自分にもそういう時ありました。
でもその時何とかなったのって結局誰かのおかげなんですよね。
勿論人に助けてもらえる運の良さだとか立ち回りの良さも実力といえばそうかもしれない。
でもやはり人に迷惑かけるのは気がひけるし、自分でチャレンジすることなんだから極力自らの尻拭いは自分でしたい。
だからこそリスクマネジメントは最大のトラブル予防につながる。
またトラブル起こった際の落ち着きや対処がまるで違います。

アラスカンボーイ
トラブルに遭うことで人は成長するのは間違いないです。

しかし事前に危険を知ろうとし、対策を考える。それだけで十分成長してるかと。
何より起こさなくていいトラブルは起こさない方が賢い。
つまずく必要のないところで足踏みする必要はない。

しっかりした準備を行い、それでも予期し得なかった障害のみ乗り越えたらいい。
それこそそのような大きなトラブルになればなるほど事前の準備による知識、それこそ過去の経験がないと克服できないだろう。

経験を培うには時間を要するが準備くらい未経験でもできる。
できることやらずに、その怠慢を”Try and Error”だってよ。笑っちゃう。

そして
準備→実行→反省
を繰り返して行った人は自ずと臨機応変さも養われる。
何も全て無知の状態で見切り発車で突撃しなくたって現場での対応力だとかの”経験した者にしかわからない”みたいな経験値も能力も得られないわけではない。
そりゃ、準備なしにでも、その場の即決力で何事にも挑むのは素晴らしいが、そればかりではダメかと思う。

アラスカンボーイ
“Try and Error”の”try”って何も実行するところからではないと思う。

計画を始めるその時から既に”try”って始まっているんだ。
何か失敗したならそれは計画のミスかもしれないし、正しく計画を実行できなかったのかもしれないし、自らの経験不足から危険を予期できなかったのかもしれない。

とにかく準備だって重要な”try”なのであり、”error”には準備内容が含まれるかもしれないんだ。
行動することばかりに目が行き、足元すくわらてる人ってかなり多い気がする。
より有意義な挑戦にしたいのなら、そこをしっかりと理解すべきだろう。

真に意味のある挑戦とは

まぁ、前節”Try and Error”とか言って美化すんな。でほとんど喋っちゃったんだけど…

準備って大切だよってこと。

よく

「俺ですら〇〇な偉業成したんだから誰でもできるよ!みんな挑戦しなよ!」
って言葉を耳にするしSNSでも目にするが、ハードルを下げれば良いってもんじゃないと思う。
大事なのはこれから挑戦する人のためにハードルを下げるのではなく、これから挑戦する人が自ら高く跳べるようにお手伝いしてあげることじゃないかな?

結果だけ「俺でも〇〇できたからみんなできる」では勘違いする人が現れる。

「△△をして~~に気をつけたら俺でも〇〇できた」って言うようなもう少し具体的な説明が必要なんじゃないかな?

自信過剰な軽装登山で遭難する人がよくいるように準備不足って本当致命的。
勿論、誰だって失敗するけど、準備しようとすらしないのはどうかと思う。特に危険に対する認知と対策ね。これホント大切。

できることやろうとしなかったのは失敗なんかじゃない。ただの怠慢だ。

真に意味のある挑戦とは
できる準備をした上で過去の自らの経験をぶつけ、チャレンジし学ぶこと。
そしてそれをしっかり反省することなんじゃないかな?

勿論それが失敗に終わっても
準備→実行→反省のサイクルができてる人はより多くを学ぶんじゃないかな?

確かに何よりもまずやってみることこそ大事。やらなければ何もわからない。
とは言うけど、ただやれば良いってもんじゃないよってこと。

アラスカンボーイ

僕は幼い頃から無鉄砲で何でもまずやってしまうタイプで散々痛い目見てるからさ。

そんな僕がここまで準備大切って言うんだから間違いないよ笑笑

今回の記事だいぶ偉そうに書いたけどさ。
自分と同じ痛い目を見そうな人がちらほらタイムラインに転がってたりしたから、こんな調子乗った記事を書きましたとさ。

まとめ

1つ勘違いして欲しくないのは入念な準備とびびって行動しないのは違うということ。
ビビって何もしないくらいなら準備もなしに行動した方がいいと思います!
ま、死なない程度にね笑

読んでくれてありがとうございました!

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