北極で出会った日本人サイクリスト。彼の36年越しの夢とは

今でこそ

”Ultimate Road Adventure”
究極のロードアドベンチャー

と評されるダルトンハイウェイだが、その走破の困難さと雄大な北極の景色が多くの人に知られたのは最近のことである。

今の何倍も路面状況が険しかった時代にこの北極への道に挑戦した日本人サイクリストUさん(50代後半)と出会った。

彼がダルトンハイウェイ に挑戦したのは36年前。当時、この道を知るものはほとんどいなかったという。

Uさんに聞いた当時の北極への道。それはまさにロードアドベンチャー。
36年の歳月を経て、なぜ再び北極へ?

ダルトンハイウェイとは

Dalton Highway(ダルトンハイウェイ)はアメリカ合衆国アラスカ州の北部に位置する。それは北極海の油田へと繋がる産業道路であり、フェアバンクスから始まる全線が一般開通されたのは1995年のことである。

フェアバンクスから北極海まではダルトンハイウェイとエリオットハイウェイ、スティースハイウェイを走るのだが、総距離は約800km総獲得標高は8000mを超える。

数字で話してもピンと来ないかもしれないが、自転車乗りにとってはかなり冷酷な数字である。本当に大変。根性がいる。

前半の方では上り下りのアップダウンが永遠に続く。


雨が降れば道はぬかるむ。


そして8月とはいえ北極らしい冷たい風が吹く。
ブルックスを超えるともう木は一本もない。茫漠とした世界が広がる。


食糧の補給箇所は0である。

これが、僕が経験したダルトンハイウェイ だ。

36年前の続きを…Uさんの挑戦

さて以下からは、Uさんと出会った時のことをそのままお話したい。

フェアバンクスから北上しエリオットハイウェイを走ること2日目。昼前になんとかダルトンハイウェイを走り出すことができそうだ。

うーん、これぞ孤高のぼっちサイクリング

さぁ、もうすぐダルトンハイウェイだ!
すでにフェアバンクスを出て100km以上。

距離のみならず、かなりの高低差を超えていた。

こんな坂がなんどもあった。

もう簡単には引き返せない。
覚悟を決めてダルトンハイウェイへの入口へと向かう。
すると、目の前から自転車に乗ったアジア人が走ってくる。
思わず手を振る。
向こうも元気よく手を振って返してくれる。
距離が近づくに連れ、日本人のような気がしてくる。ウェアも日本のブランドmont-bellであった。

ビンゴ!

彼は日本人であった。
名前はUさん。

アラスカンボーイ
わぁ!日本の方にこんなところでお会いするとは!デドホースからですか?
Uさん
はい、そうです。

アラスカンボーイ
え!?もうダルトンハイウェイおしまいじゃないですか!あとエリオットハイウェイの100kmちょっと走ればすぐにフェアバンクスですよ!
南下のルートを選ばれたんですね。北極への道路を北に進んで北の最果てを目指す方がロマンありませんか?

↑初対面の方の走行ルートにケチをつける失礼な奴である。

 

Uさん
私は仕事がありますから、10日間の休みの中で今回来てるんですね。ですから仕事に遅れるのは非常にまずいことなので、どうしても南下のルートにする必要があったんです。
北上の片道ルートで北極の空港で飛行機が飛ばないなんてなると困りますから、フェアバンクス国際空港に近づくルートにしたかったんです。

 

アラスカンボーイ
なるほど。納得です。ていうかダルトンハイウェイを走るためだけに来たんですか!?
ふぇぇ…変わってますね。人のこと言えないですけど笑笑

↑誰か一回シバいてくれ。本当に失礼な奴である。

 

Uさん
実は36年前にここを走ったことあるんです。

 

アラスカンボーイ
そうなんですか!?え!?でも36年前ってここ一般開通されてなくないですか?まさか内緒で走ったんですか?

↑とことん失礼である。

 

Uさん

いやいや、フェアバンクスから北上して途中のユーコン川までは走れたんです。

アラスカンボーイ
そうなんですか!

Uさん
はい。36年前、まだ君くらいの歳の時にここに来てね。北極を見たくて来たんだけど、結局それは叶わなくてね。でもあの時、ぼくの夢に途中までしか連れて行ってくれなかった道が全線開通したって知って、ここへのリベンジを誓ったんです。

 

アラスカンボーイ
すご!!!36年越しの挑戦ですか!因みにやっぱり昔は今より舗装も酷くて同じ未舗装路でも比べ物になりませんか?

 

Uさん
そうですね。今も確かに酷い区間あるけど、昔に比べれば綺麗ですよね。昔は本当に大変で…河原に転がる石ころのようなサイズの石とか泥がゴロゴロしてまして、そういったところは下り坂であっても、自転車を力強く押して歩かなければならないほどでした。

 

アラスカンボーイ
想像したくないですね…

その後も会話を続けて30分くらい経っただろうか?
記念に写真を撮らせてもらった。
その場で写真掲載許可をもらいましたので、ここに載せます。

Uさんとの会話では36年前のダルトンハイウェイやアラスカの話をきいたり、アラスカ以外のUさんの自転車旅の話をきいた。

話すうちに僕は北極の酷道に対して一つの感情が生まれた。

ダルトンハイウェイは舗装が荒くて、走るのに苦労する道だからこそダルトンハイウェイなのだろう

それは36年前の話をきいて芽生えた思いだ。

ダルトンハイウェイに至るまでのエリオットハイウェイでも舗装工事が行われていた。

工事区間は危険なため自転車乗りを安全に運ぶために約5kmは特別車両が走っていた。これは、その車両の中から撮った写真。

この未舗装路にアスファルトが敷かれていくのか、それともただ単に未舗装路をならしているだけなのかはわからない。
いずれにせよ綺麗にする取り組みが行われている。

36年前はもっと酷かったはずだ。

自転車乗りにとっては、今よりもっと過酷でチャレンジングな道路だったのだろう。

何十年後かにまたこの道を訪れた時、ダルトンハイウェイが綺麗になっていたら過酷なチャレンジロードではなくなってしまう。

Uさんの経験を聞くと、僕はなんだかそんな寂しさも感じたのだ。

とはいえ、ダルトンハイウェイ は”チャレンジロード”である前に”産業道路”だ。

トラックドライバーの事故が絶えない産業道路。
だから、舗装されてしかるべきである。
自転車乗りとしての一抹の寂しさを感じつつ、トラックドライバーの事故が少しでも減るよう、ダルトンハイウェイの整備が進むことを願います。

おわりに

たくさんのことを話した後、Uさんと再会の約束をした。勿論僕の方から会いに行く。魅力的な人だったので彼女のなっちゃんも連れて行きたい。

不安や緊張も少なくはなかった僕にとって、50を超えた方の挑戦はかなり励みになった。体力で勝る僕が負けるわけにはいかないと。
ダルトンハイウェイを走るにあたって苦しかったこともたくさんあった。
しかしここを走りきればUさんと対等にダルトンハイウェイの話ができる。そう思って頑張れることもあった。

来年の3月、彼に会いに行きます。
またその時の話もブログにさせてもらいますね。お楽しみに。

またあの時、親切にたくさんのことを教えてくれ、僕の話も聴いてくれたUさん!本当にありがとうございます。
またお会いしましょう!その時は一緒にラーメン食べましょ!楽しみにしています!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)