俺だって北極にいけば…!!! 〜1発逆転ホームランが打たれるまで〜

どーも、アラスカンボーイっていう呼びにくい名前を名乗ってます、ゆうやです。

由来はアラスカでの冒険に憧れてテキトーにつけました。冒険記事はたくさん書いてるのでよかったら読んでちょうだい。

さて、今日は野球をやったこともないくせに、こんなタイトルつけちゃったよ、大丈夫かな?笑

まぁ、ルールくらいは知ってるから、ちょっと例え話として使わせて。

今日はここ最近感じてることをつらつらと書いていこうと思う。

ランナーがいてはじめて打てる

そもそも複数得点、要するにツーランホームラン、スリーランホームラン、満塁ホームランが成り立つのはホームランが放たれたときにランナーがいるからである。

ツーランホームラン以上の得点により“1発逆転”が起こるのはランナーがいたから、つまり事前の“ヒット=小さな積み重ね”があったからに他ならない。

格闘技なんかも、技が急所に入って相手に大きなダメージが。それによって試合は形勢逆転。なんていっても練習していないパンチやキックは絶対当たらない。

僕はボクシング漫画の”はじめの一歩”のあるセリフが好きだ。

“ボクシングにラッキーパンチはない。結果的に偶然当たったパンチにせよ それは練習で何百何千と振った拳だ。その拳は生きているのだ。試合を投げて適当に振ったパンチなど決して当たらん。当たったとしても死んだ拳では人は倒せん。”

というセリフ。小学生の時にこのセリフに初めて出会いかなり感動したのを覚えています。

宝くじで大当たりを当てるにしても、そもそも賭け金という小さな賭け金すらない人は絶対に当てることはできない。

人は皆、試合をひっくり返した満塁ホームランとかそんなデカいところに目が行きがちである。

僕はついこないだまでそうだった。

北極という言葉の魔力に魅せられて

現在大学生の僕は自分の将来どんなものになるか不安である。だが不安は自分自身で拭い去るしかない。

将来は用意されるものではない。自ら切り拓くものである。

よかったらこの回から読んでほしいんだけど…

将来への不安は自分自身で拭い去るしかないと言った。

だからこそ僕は何かきっかけが欲しかった。

きっかけという言葉もしっくりこない。

なんといえばいいだろうか?

とにかくビビっとくる何か。

うまくいえない。

冒険の世界へ強い憧れを抱いた僕は当時これから冒険に出かけようとしていたアラスカ北極圏に行けば何か冒険の世界への入り口が開けるかもしれないと思った。

なんなら冒険の世界に立つ1人になれるとさえ思っていた。

そう、あれは紛れもなく、”北極圏”という言葉の魔力による驕りであった。

当時の僕からしたら、”北極”なんて地球の果て、僻地の中のド僻地を示す言葉であった。

決して僕は僕自身をすごいとは思わないが、僕がやろうしていること自体には結構な意味があると信じていた。

北極に行く俺すげーー!!!

って驕ってるってわけではないのだけど、

“北極すげー!”

とは思っていた。

言いたいことわかるかな?

そんなすごいところに行くことで何か得られると根拠のない確信をしてた。

だから北極圏を含めたアラスカ冒険に出ることによって、自分は何か大きく変われると思っていた。

今思うと恥ずかしいが安直な考えであった。

実際のところ、人間、どこか別世界に行ったからといって本質的なところは変わらなかった。

そんな当たり前なことに気づかなかったのは、やはり北極に行くことで何か自分を得られると期待していたからに違いない。

人生そんなに甘くない。

舐めたらあっかん〜♪

舐めたらあっかん〜♪

人生舐めずに、これ舐めて〜♪(某CM)

今後の僕について

アラスカに行ってどう思ったのか。

よく聞かれる質問だ。

答えとしては

“人生通して冒険を続けたい。”

となる。

現在人類としての未踏エリアは地球上にはほとんどなく、人類の冒険は宇宙へと広がっている。

しかしあくまで人類にとって未踏なだけだ。

僕にとってはほとんど全てが未踏。

Googleマップのストリートビューなんかでは満足できない。

“危険を冒してでも未知の景色を見たい。”

それが僕の中の冒険家としての強い気持ち。

アラスカに行って

“あぁ!しんどかった!なんとか生きて帰ったけど、もう俺には無理だわぁ。Googleマップのストリートビューでいいやぁ!”

って過酷さに心折れてしまえば楽だったかもしれない。

割り切って人生進めたかもしれない。

しかし、僕はそうではなかった。

尊敬する阿部雅龍さんのようなプロとしてスポンサーを募集する生き方を考えるにしても、その他先輩冒険者の皆さんのよう完全自費で冒険するにしても、いずれも少し難しい生き方になると思う。

時間やお金をクリアするのは勿論、自分とは違う他の人間の理解も得て旅に出ないといけないからね。

周りからの理解を得るのは簡単なことではない。

僕のやりたいことを応援してくれる人を周りに増やすにはどうしたら良いか…

正直僕は人として至らないところ多いから…

僕は阿部雅龍さんに憧れた。彼のようになりたいと思った。(彼については本文最後に紹介記事を)

これは以前にも話したことがあるが、僕は決して阿部さんが冒険を生業にスポンサーを獲得し生計を立てていること自体はどうでもいい。

勿論その部分には途方もない努力があったに違いない。しかし彼はスポンサー集めのために冒険しているのか?

いや違う。彼自身のためだろう。彼の野望のために、夢の中を生きているのだ。そこと彼のバックグラウンドなんかに僕は感動したわけだ。

さて、そんな時思った。

僕は阿部さんのように他者に新しい刺激を与えてあげられるような人間になりたい。僕自身の冒険で、夢って素晴らしいんだよ!って伝えたい。

果たしてその想いは阿部さんと全く同じ生き方をしないと果たせないものなのか?

例えば就職活動を一度して、一旦は社会人としての充実した日々を経験してからでも目指せる世界なのでは?

まぁ就職したい企業もないんだけどさ笑笑

とにかく何がいいのか分からなくなっている。

阿部さんのどこに憧れたのかを考えた時に、スポンサーを集めて活動するのがプロフェッショナル、冒険に社会的責任を背負ってやってるなんてかっこいい!

っていうわけじゃないのなら、何もそういった面倒にもなり得る部分を背負って活動するのはどうなのか?

いや、しかしスポンサーをつけることにより影響力つけばもっと多くの人に見てもらえる。その中から自分から何かを受け取ってくれる人が現れるかもしれない。僕が消えても、僕の何かの要素が誰かの中に生き続けるかもしれない。そんな人が増えるかも。

とかそんなことを考える。

冒険を実現するためには働き方を選ばなければならない。僕がどのような冒険家になるかはわからないが、ひとつだけいえることがある。今目標にしているユーコン川の冒険は必ずやるし、冒険は絶対ずっと続けるつもりだ。

すぐ答えを出すべき?

でもごめんね。出せないよ。

冒険するってことしか今は言えない。

ただの自由人かも。でもそれでもいい。どこかで自分を見つけたい。

もしかしたら自分を見つけるために冒険に出るのかも。

ま、そんな考えこそ、さっき話した

“〇〇に行けば何かが見つかる!”

っていう安直な考えかもね。

1発で人生決まるようなホームランは狙わない。狙って打てるものじゃない。

目の前の自分が信じる”逃げの選択肢”でない道を丁寧に歩み続けた先に辿り着く。

そこに到達した時、きっと大きなアーチが架かるに違いない。打ったボールはきっと理想の人生に届くはず。

最後にホームラン的な動画を貼っておく。

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